地上局工学

リンクのもう半分 — 大型アンテナ・低雑音受信・時刻標準・局運用を、設計し、測り、保守するための一冊。
第 III 部 受信系
深宇宙局の性能を最終的に決める部分。雑音温度の予算を組み、Y-factorで実測し、降雨時の劣化まで含めて可用性を設計する。

第3.4章系雑音温度予算

■ この章で学ぶこと
深宇宙局の性能はG/Tで表される。分子のGは第1部で決まり、分母のTがこの章の主題である。 系雑音温度は「LNAの性能」ではなく、宇宙背景・大気・地面・給電損失・増幅器・後段という 複数の寄与の積み上げであり、それぞれ効き方が違う。 本章では参照面の取り方から始めて予算表を組み、 「どこを何K改善すると、G/Tが何dB良くなるか」を即答できる状態にする。

3.4.1 参照面を決めないと議論が成立しない

雑音温度は「どこで測った値か」を言わないと意味を持たない。 同じ局でも、フィード開口で言うのと、LNA入力で言うのと、受信機出力で言うのとでは 数字がまったく違う。そして利得Gも同じ面で定義しなければならない

深宇宙局の慣行では、LNA入力端を参照面に取ることが多い。理由は明快で、 そこが「これ以上前段に手を入れられない」境界だからである。 本書もLNA入力端を既定の参照面とする。

■ 原則
G/Tは参照面に依存しない。参照面を前に動かせばGは上がりTも上がり、比は変わらない。 逆に言えば、GとTを別々の参照面で拾ってきて割るのが最も多い誤りである。 他人から受け取った数字を使うときは、必ず参照面を確認すること。

3.4.2 雑音温度の積み上げ

LNA入力端で見た系雑音温度は、次の寄与の和になる。

T_{sys} = T_{A} + T_{feed} + T_{LNA} + T_{rest}

T_A はアンテナ雑音温度(空を見て入ってくるもの)、T_feed は給電系の損失が生む雑音、 T_LNA は初段増幅器、T_rest は後段の寄与である。それぞれを分解する。

アンテナ雑音温度 T_A

T_{A} = η_{main}\big[T_{cmb} + T_{atm}\big] + η_{spill}·T_{ground} + T_{sun,moon} + T_{RFI}
寄与典型値(X帯・仰角30°・晴天)効き方
宇宙マイクロ波背景 T_cmb2.7 K常に一定。下げようがない
大気(酸素・水蒸気)T_atm2〜4 K仰角依存。低仰角で急増(3.4.3)
スピルオーバによる地面 T_ground2〜6 K照度分布の設計で決まる(第1.4章)。仰角が下がると増える
銀河背景X帯で<1 K低周波(S帯)では効く。Ka帯では無視
太陽・月が副ローブに入る入れば数十〜数百K運用で避ける。SEP角制約(『電波航法と軌道決定』第3.3章)
RFI環境次第第7.3章

スピルオーバは設計者が動かせる数少ない項である。 エッジテーパを深くすればスピルオーバは減るが、開口能率が落ちて利得が下がる。 G/Tを最大化するテーパは、GとTのトレードの中間にある(第1.4章)。 「利得だけ最大化」も「雑音だけ最小化」も、G/Tでは最適でない。

給電系損失 T_feed

LNAの前にある損失は、そのぶん信号を減らし、かつ自分自身が雑音を出す。 物理温度 T_p の損失 L(真値、L>1)が生む雑音温度は

T_{feed} = (L − 1)·T_{p}

常温(290 K)で0.1 dBの損失なら L = 1.0233 なので T = 6.8 K。 0.1 dBが6.8 Kである。この換算を体に入れておくと、設計判断が速くなる。

【0.1 dBの重み】 T_sys が 25 K の局で、給電系に0.1 dBの損失を追加すると T_sys は 31.8 K になる。 G/T の劣化は 10log(31.8/25) = 1.03 dB。 しかも信号自体も0.1 dB減るので、合計 1.13 dB の劣化。
0.1 dBの挿入損失が、1.1 dBのG/T劣化を生む。 これが「LNA前の部品は死んでも増やすな」と言われる理由である。 同じ0.1 dBでも、LNAの後ろなら影響はほぼゼロである。

だから深宇宙局は、フィードとLNAを可能な限り近づけ、 さらにその区間ごと冷やす(第3.3章)。物理温度を290 Kから20 Kに下げれば、 同じ0.1 dBの損失が生む雑音は 6.8 K から 0.47 K になる。 冷却の効果は「LNAが良くなる」だけでなく「前段損失の雑音が減る」という二面がある。

初段と後段 — Friisの式

T_{rest} = \frac{T_{2}}{G_{1}} + \frac{T_{3}}{G_{1}G_{2}} + …

初段の利得 G_1 が大きければ、後段の寄与は割り算で潰れる。 LNAの利得が30 dB(1000倍)あれば、後段が3000 Kあっても寄与は3 Kである。 だから「初段だけが支配する」と言われる。

ただしこれは初段利得が十分にあるときの話である。 LNAの利得が足りない構成や、LNAと後段のあいだに大きな損失(長い導波管、 分配器、フィルタ)がある構成では、後段が効いてくる。 系統図を見て、初段利得と、その後の損失を必ず確認すること。

3.4.3 仰角依存 — 予算表は1枚では足りない

T_sys は定数ではない。大気とスピルオーバが仰角で変わるからである。

大気の寄与は、天頂での大気減衰を A_z(真値)とすると、 平面平行大気の近似で仰角 el のとき

A(el) = A_{z}^{1/\sin(el)}, T_{atm}(el) = T_{m}\left(1 − \frac{1}{A(el)}\right)

T_m は大気の実効放射温度(260〜280 K程度)。1/sin(el) が効くので、 仰角10°では天頂の約5.8倍、5°では約11.5倍の大気を通る。

【例3.4-1】仰角でG/Tがどれだけ落ちるか X帯、天頂大気減衰 0.04 dB(A_z = 1.0093)、T_m = 270 K とする。
仰角90°: A = 1.0093 → T_atm = 2.5 K
仰角30°: 1/sin30° = 2 → A = 1.0187 → T_atm = 5.0 K
仰角10°: 1/sin10° = 5.76 → A = 1.0540 → T_atm = 13.8 K
仰角5°: 1/sin5° = 11.47 → A = 1.110 → T_atm = 26.8 K
T_sys が仰角90°で 25 K の局なら、仰角5°では 25 − 2.5 + 26.8 = 49.3 K。 さらに減衰そのもので信号が0.45 dB減り、スピルオーバも増える。 G/Tの劣化は3 dBを超える。低仰角を運用から外すのは、この数字が理由である。

したがって予算表は仰角ごとに作る。実務では 90° / 30° / 20° / 10° / 5° の 5点くらいで表を作り、あいだは補間する。 姉妹書『電波航法と軌道決定』第5.1章の「いつ測距を打つか」という判断は、 この表の上でしている。

3.4.4 予算表のテンプレート

項目90°30°10°備考
宇宙背景 T_cmb2.72.72.62.4大気減衰で少し減る
大気 T_atm2.55.013.826.81/sin(el)
スピルオーバ T_ground2.02.54.57.0副ローブが地面を見る
給電損失 T_feed1.01.01.01.0冷却区間の損失。仰角に依存しない
LNA T_LNA15.015.015.015.0冷却HEMT
後段 T_rest1.51.51.51.5Friisで割り算後
T_sys 合計 [K]24.727.738.453.7
G/T 劣化(90°基準)0 dB0.501.923.38減衰による信号低下は別勘定

この表を自分の局の数字で埋めるのが、本章の演習である。埋めたあとに見るべきは順位で、 上の例ならLNA(15 K)が最大の寄与だが、低仰角では大気(26.8 K)が逆転する。 「LNAを良くする」投資が効くのは高仰角の運用が主体の局であり、 低仰角も使う局ではサイト選定(乾燥地・高地)のほうが効く。

3.4.5 感度分析 — どこを直すと何dB効くか

予算表ができたら、各項を1 K動かしたときのG/T変化を出しておく。

\frac{∂(G/T)_{dB}}{∂T} = −\frac{10}{\ln(10)·T_{sys}} ≈ −\frac{4.34}{T_{sys}} [dB/K]

T_sys = 25 K なら 1 Kあたり0.17 dB。T_sys = 50 K なら 0.087 dB/K。 もともと低雑音な局ほど、1 Kの価値が大きい。 25 Kの局で5 K改善すれば0.87 dB、これは口径を1.22倍にするのと同じ効果であり、 費用対効果は圧倒的に受信系側にある。

【投資判断の例】 T_sys = 25 K、口径34 mの局を改善したい。
案A: LNAを15 K→8 Kに更新 → T_sys 17.7 K → G/T +1.5 dB
案B: 口径を34 m→40 m → G +1.4 dB
LNA更新のほうが安く、工期も短く、効果は同等以上。
これが「大きくするより冷やす」が深宇宙局の定石である理由である。 ただし案Aには天井がある(T_cmb 2.7 Kと大気は下げられない)ので、 いずれ口径かアレイ化(第7.4章)に向かうことになる。

3.4.6 よくある誤り

Q. 雑音指数NFと雑音温度Tはどう換算するのか
A. T = T_0(F − 1)、T_0 = 290 K。NF = 1 dB なら F = 1.259 で T = 75 K。 深宇宙のLNAはNFで語ると分解能が足りない。 T = 15 K は NF = 0.22 dB に相当し、NF表記では0.01 dBの違いが1.5 Kの違いになる。 低雑音の領域では必ず温度で議論すること。
Q. T_sys に「アンテナ雑音を入れる/入れない」の流儀があるのはなぜか
A. 受信機単体の性能(T_rx)と、空を見た系全体の性能(T_sys)を区別しているだけである。 G/Tを計算するときは必ずアンテナ雑音を含めた T_sys を使う。 受信機メーカーのカタログ値は T_rx であることが多いので、そのままG/Tに使ってはいけない。
Q. 帯域幅はどこに入るのか
A. T_sys は雑音密度を温度で表したものなので、帯域幅は入らない。 N_0 = k·T_sys [W/Hz] であり、帯域幅Bを掛けて初めて電力になる。 リンクバジェットでC/N_0を扱うかぎり、帯域幅は出てこない。
Q. 予算表と実測が合わない
A. 実測(第3.5章)が正であり、予算表が仮説である。 合わないときの典型は、①参照面の不一致、②給電損失の見積り不足、 ③スピルオーバの過小評価、④RFIの混入、⑤LNAの実力がカタログ値と違う。 仰角を振って測れば、仰角依存の項(①②③は仰角非依存)と分離できる。
■ この章のまとめ
  • 雑音温度は参照面とセットでしか意味を持たない。深宇宙局はLNA入力端を取るのが慣行
  • G/Tは参照面に依存しない。GとTを別の面から拾って割るのが最も多い誤り
  • T_sys = T_A + T_feed + T_LNA + T_rest。T_A は宇宙背景・大気・スピルオーバの和
  • LNA前の損失は T = (L−1)T_p。常温0.1 dBで6.8 K、G/T劣化1.1 dB。前段に部品を増やさない
  • 冷却は「LNAが良くなる」と「前段損失の雑音が減る」の二面で効く
  • 大気は 1/sin(el) で効く。仰角5°では天頂の11.5倍。予算表は仰角ごとに作る
  • 感度は −4.34/T_sys [dB/K]。低雑音な局ほど1 Kの価値が大きい
  • 「大きくするより冷やす」が定石。ただしT_cmbと大気という天井がある
大気減衰の値(周波数・水蒸気量依存)はITU-R P.676の一次資料から、 T_m の推定式はITU-R P.618から取ること。本章の数値は構造を示すための例である。 自局のLNA雑音温度・給電損失は、実測値(第3.5章)と試験成績書に拠ること。

第3.7章降雨減衰と可用性設計

■ この章で学ぶこと
Ka帯運用の可否を最終的に決めるのが降雨である。ここで最も誤解されているのは、 効くのは減衰そのものではなく、減衰に伴う雑音温度の上昇のほうだという点である。 3 dBの降雨減衰が、G/Tでは9 dB以上の損失になる。 本章ではその機構を数式で示し、降雨統計から可用性を設計し、 サイトダイバーシティで何がどこまで救えるかを扱う。

3.7.1 降雨減衰の物理

雨滴は電波を吸収し、散乱する。どちらが支配するかは、 雨滴の大きさと波長の比で決まる。雨滴の直径は0.5〜5 mm程度なので、 X帯(λ = 3.6 cm)では雨滴は波長よりずっと小さく、レイリー領域で吸収が主。 Ka帯(λ = 0.94 cm)では雨滴径が波長に近づき、ミー散乱の領域に入って減衰が急増する。

実務では、降雨率 R [mm/h] からの経験式を使う。

γ_{R} = k·R^{α} [dB/km]

係数 k, α は周波数と偏波に依存し、ITU-R P.838 に表として与えられている。 押さえるべきは桁の関係である。

帯域γ_R の目安(R = 10 mm/h)γ_R の目安(R = 50 mm/h)X帯との比
S帯(2.3 GHz)ごく小さい0.01 dB/km 未満無視できる
X帯(8.4 GHz)0.05 dB/km 前後0.4 dB/km 前後1
Ka帯(32 GHz)1 dB/km 前後6 dB/km 前後15〜20倍

X帯からKa帯へ移ると、同じ雨で減衰が1桁以上増える。 これがKa帯移行の最大の代償であり、 姉妹書『周波数管理と国際調整』第2.4章で扱う帯域選択の判断材料そのものである。

3.7.2 斜路の経路長 — 天頂ではなく仰角で見る

比減衰 [dB/km] を実際の減衰 [dB] にするには、雨の中を通る経路長を掛ける。 雨は地表から降雨高度 h_R(0℃等温線の高さ、緯度により2〜5 km)までに分布するので、 斜路長は

L_{S} = \frac{h_{R} − h_{S}}{\sin(el)} [km]

h_S は局の標高。ここで再び 1/sin(el) が出てくる(第3.4.3と同じ構造)。 さらに、降雨セルは有限の水平スケールしか持たないので、 経路全体が同じ強さの雨に入っているわけではない。 これを補正する低減係数をかけて実効経路長 L_E を得る。

A = γ_{R}·L_{E}, L_{E} = L_{S}·r(el, R, f)

低減係数 r の求め方はITU-R P.618の手順による。 本章では手順の詳細に立ち入らないが、強い雨ほど r が小さくなる(局所的な豪雨は空間的に狭い) という定性的な性質は覚えておく価値がある。

3.7.3 減衰体は放射体でもある — ここが本章の核心

雨が電波を吸収するということは、キルヒホッフの法則により、 その同じ雨が電波を放射しているということである。 減衰 A(真値、A > 1)の吸収体が物理温度 T_m にあるとき、 アンテナに入る雑音温度は

T_{rain} = T_{m}\left(1 − \frac{1}{A}\right)

T_m は雨の実効放射温度で、通常270〜280 K程度を取る。 この式の意味は劇的である。

降雨減衰 AA(真値)T_rain(T_m=275 K)
0.5 dB1.12230 K
1 dB1.25957 K
3 dB1.995138 K
6 dB3.981206 K
10 dB10.0248 K
275 K(=雨の温度そのもの)

減衰が大きくなると、アンテナは空ではなく常温の物体を見ているのと同じ状態になる。 3 dBの減衰で既に138 K。第3.4章で組んだ晴天時の予算(T_sys = 25〜40 K)に対して、 これは桁で大きい。

3.7.4 G/T劣化の合わせ技

降雨がG/Tに与える影響は、信号側と雑音側の両方から来る。

ΔG/T [dB] = A_{dB} + 10\log\frac{T_{sys,rain}}{T_{sys,clear}} \;\;(第1項=信号の減衰、第2項=雑音の増加)
【例3.7-1】Ka帯・3 dBの雨 晴天時の予算: T_cmb 2.7 + 大気 8 + スピルオーバ 3 + 給電 1 + LNA 20 + 後段 2 = 36.7 K
降雨時(A = 3 dB = 1.995 倍、T_m = 275 K):
 T_cmb は雨で減衰して 2.7/1.995 = 1.4 K
 雨の放射 = 275(1 − 1/1.995) = 137 K(晴天大気の8 Kを置き換える)
 T_sys = 1.4 + 137 + 3 + 1 + 20 + 2 = 164 K
雑音側の劣化 = 10log(164/36.7) = 6.5 dB
信号側の劣化 = 3.0 dB
合計 9.5 dB。

3 dBの雨が、リンクバジェット上は9.5 dBの損失になる。 降雨マージンを「減衰量ぶん」しか積んでいない設計は、実際には破綻する。 これが本章で最も伝えたい一点である。

逆に、雑音側の寄与には飽和がある。T_rain は T_m を超えられないので、 減衰が10 dBを超えるあたりから雑音側の劣化は頭打ちになり、以降は信号減衰が支配する。 深い減衰の領域では ΔG/T ≈ A_dB + 一定、という振る舞いになる。

Q. 送信(アップリンク)にも同じことが起きるか
A. 減衰は同じように起きるが、雑音の話は効かない。 アップリンクの雑音を決めるのは探査機側の受信系であり、 地上の雨が探査機の雑音温度を上げることはない。 したがってアップリンクの降雨マージンは減衰量ぶんでよい。 上りと下りで降雨マージンの積み方が違うのは、この非対称性による。
Q. 探査機側のKa帯受信は雨の影響を受けるか
A. 上りがKa帯(34 GHz帯)なら、地上の雨で信号が減衰する。 ただし探査機の系雑音温度は数百K〜千K級なので、 地上側のような雑音温度の跳ね上がりは相対的に問題にならない。

3.7.5 降雨統計と可用性

降雨は確率的な現象なので、設計は「最悪値」ではなく超過確率で行う。 ITU-R P.837 が地点ごとの降雨率統計を与え、 「年間 p % の時間で超過される降雨率 R_p」という形で使う。

年間時間率 p年間の該当時間設計上の意味
1%約88時間ゆるい設計。日常的に割れる
0.1%約8.8時間一般的な設計点。可用性99.9%
0.01%約53分厳しい設計。マージンが跳ね上がる
0.001%約5分Ka帯単局では現実的でない

ここで設計上の判断が要る。可用性を1桁上げるのに必要なマージンは、線形には増えない。 降雨率の分布は裾が重いので、0.1% → 0.01% でマージンが2〜3倍必要になることも珍しくない。

【可用性はミッションから決める】 「可用性は高いほどよい」は設計ではない。問うべきは「割れたとき何が起きるか」である。
・科学データのダウンリンク → 割れても次のパスで再送できる。可用性は低くてよい
・クリティカル運用中のテレメトリ → 割れると運用判断ができない。高い可用性が要る
・緊急コマンド(アップリンク) → 雑音の跳ね上がりがないぶん有利。S帯/X帯に落とす手もある
局を「常に最高可用性」で設計するのではなく、運用モードごとに要求を分ける。

3.7.6 サイトダイバーシティ

単局でKa帯の高可用性を確保するのは、マージンの観点で非現実的になりやすい。 現実的な解がサイトダイバーシティである。 降雨セルの水平スケールは数km〜数十kmなので、十分に離れた2局が同時に強い雨に入る確率は、 各局が単独で入る確率の積よりずっと小さい……とは限らないが、大幅に小さくなる。

P_{joint}(A) \ll P_{1}(A) (局間距離が降雨セル規模を十分超えるとき)

効果はダイバーシティ利得(同じ可用性を達成するのに必要なマージンの削減量、dB)で表す。 設計上の要点は3つ。

  • 局間距離: 数十km以上で効果が出始め、それ以上は緩やかに飽和する。 近すぎると同じ降雨セルに入るので効かない
  • 気象の相関: 同じ前線・同じ地形性降雨の影響下にあると、距離があっても相関が残る。 気候帯をまたぐほうが効く
  • 切替の運用: どちらの局を使うかを実時間で判断し、切り替える仕組みが要る。 切替に伴うデータの継ぎ目、指向の再取得、追跡データの連続性をどう扱うかは運用設計の問題になる

光通信ではこの問題がさらに深刻になる(雲は雨より広く、遮蔽は全か無かである)ため、 サイトダイバーシティが前提の設計になる。第8.3章で扱う。

3.7.7 晴れていても効くもの

降雨だけが大気の敵ではない。

要因X帯Ka帯性質
酸素・水蒸気の吸収常時。第3.4章の T_atm に含める
雲・霧(液体水)ごく小0.5〜2 dB雨がなくても効く。見落とされやすい
湿度の日変化予算表を季節・時刻で分けるべき理由
対流圏シンチレーション0.5〜2 dB p-p低仰角で顕著。速い振幅変動

Ka帯では「晴れているのに1〜2 dB足りない」が普通に起きる。 雲による減衰と水蒸気の日変化がその正体であることが多い。 水蒸気ラジオメータを併設して実時間で天頂遅延・減衰を推定できれば、 予算の不確かさを減らせるうえ、姉妹書『電波航法と軌道決定』第3.1章の 対流圏較正にもそのまま使える。一台で二つの目的を果たす投資である。

3.7.8 運用への落とし込み

降雨は時間変化するので、固定のマージンで受けるより、 リンクを実時間で変えるほうが合理的である。深宇宙で取り得る手段は次のとおり。

手段内容深宇宙での制約
データレートの階段マージンに応じてレートを段階的に落とす往復光時間があるので即応できない。予測して事前に指示する
符号化率の変更より強い符号へ切り替え同上。機上の対応が要る
帯域の切り替えKa帯からX帯へ退避両帯域の機器が要る。最も確実
局の切り替えダイバーシティ局へ可視条件と局の空きが要る
パスの再スケジュール後日に回すデータが失われないなら最も安い

深宇宙特有の難しさは往復光時間である。 地上で「雨が降ってきた」と分かってから探査機にレート変更を指示しても、 効き始めるのはRTLT後になる。火星なら20〜40分先である。 したがって適応は「気象予報に基づく事前計画」の形を取らざるを得ない。 これは姉妹書『電波航法と軌道決定』第5.1章のパス計画と、第5.4章の予報配布に直結する。

■ この章のまとめ
  • 比減衰 γ_R = k R^α。X帯からKa帯で15〜20倍に増える。これがKa帯移行の代償
  • 斜路長は 1/sin(el) で伸び、降雨セルの有限性を低減係数で補正して実効経路長を得る
  • 減衰体は放射体でもある: T_rain = T_m(1 − 1/A)。3 dBの減衰で137 K
  • 3 dBの雨がG/Tでは9.5 dBの損失になる。減衰量ぶんのマージンでは足りない
  • 雑音側の劣化は T_m で飽和する。深い減衰では信号減衰が支配する
  • アップリンクには雑音の話が効かない。上りと下りでマージンの積み方が違う
  • 可用性は超過確率で設計する。1桁上げるコストは線形でない。運用モードごとに要求を分ける
  • サイトダイバーシティは距離だけでなく気候の相関で効きが決まる
  • Ka帯では雲・水蒸気で晴天でも1〜2 dB足りなくなる。水蒸気ラジオメータは航法較正にも効く
  • 深宇宙では往復光時間のため実時間適応ができない。予報に基づく事前計画になる
k・α の係数表(ITU-R P.838)、降雨高度と低減係数の手順(P.618)、 地点別降雨率統計(P.837)、雲減衰(P.840)は、必ず一次資料の最新版から取ること。 本章の数値は構造と桁を示すための例示であり、設計値として用いてはならない。
第 VI 部 バックエンドと監視制御
電波が数字に変わり、追跡データとして出ていくまで。折り返し試験による自己検査もここで扱う。

第6.5章局管制システム(M&C)と自動化

■ この章で学ぶこと
局には数百の機器があり、1パスごとにそれらを正しい状態へ組み替える。 これを担うのが局管制システム(Monitoring & Control)である。 本章ではその階層構造、パス設定という作業の実体、自動化の設計、 そして何を自動化してはいけないかを扱う。 局の性能を決めるのはアンテナだが、局の可用性を決めるのはここである。

6.5.1 局管制システムが担う仕事

大きく4つある。

仕事内容失敗するとどうなるか
設定(Configuration)パスごとに機器を正しい状態へ組み替える受からない。パスを1回失う
実行(Sequencing)時刻に従って掃引・測距開始などを順に実施タイミングを外し、観測量が欠ける
監視(Monitoring)全機器の状態と信号品質を常時観測異常に気づかない
記録(Logging)設定・測定値・イベントをすべて残す事後の原因究明ができない

4番目の記録は軽視されがちだが、最も長期的な価値がある。 第6.7.8のトレンド管理も、第7.2章の保守計画も、 「記録が残っていること」を前提にしている。

6.5.2 階層構造

M&Cは単一のソフトウェアではなく、階層になっている。

ミッション運用センタ(MOC) ↕ スケジュール・予報・SLE等 局管制システム(局全体の統括・シーケンス実行・監視画面) ↕ 設定コマンド/状態テレメトリ サブシステム制御装置(アンテナ制御・受信系・送信系・ベースバンド・時刻系) ↕ 機器固有の制御 個別機器(LNA・冷凍機・HPA・変復調装置・エンコーダ …)

この階層を分けておく意味は、抽象度の分離にある。 局管制の層では「X帯コヒーレント2-way、測距T4B、テレメトリ○kbps」という 運用の言葉で指示を出し、 それをサブシステム制御が個々の機器設定へ翻訳する。

■ 設計上の原則
局管制の層に、機器固有の知識を持ち込まない。 「LNAのバイアスを何V」といった知識が上位層に漏れると、 機器を更新するたびに局管制システムを直すことになり、局の寿命が機器の寿命に縛られる。 深宇宙局は数十年使う資産である。機器は更新される前提で層を切る。

6.5.3 コンフィギュレーション — 「パス設定」という作業

1パスを実施するために設定する項目は膨大である。代表的なものだけでも次のとおり。

対象設定項目
アンテナ指向モード(予報/自動追尾)、予報ファイル、指向モデル、最低仰角
受信系帯域、偏波、LNA選択、経路(冗長系のどちら)、ダウンコンバータ設定
送信系送信可否、出力電力、周波数、掃引プロファイル、送信禁止方位
変復調変調方式、変調指数、シンボルレート、符号化、フレーム設定
測距符号系(T4B/T2B)、チップレート、変調指数、開始・停止時刻
ドップラ計数区間、出力形式
時刻・周波数基準源の選択、時刻同期状態の確認
データ配送SLEサービスインスタンス、宛先、記録の有無

これを毎回手で入れるのは非現実的で、かつ誤りの温床になる。 解は設定をひとまとまりの「構成(コンフィギュレーション)」として名前をつけ、版管理することである。

  • ミッションごと・運用モードごとに構成を定義しておく
  • スケジュールが指定するのは「どの構成を、いつ、どの相手に対して使うか」だけにする
  • 構成の変更はレビューを経て版を上げる。パス直前に人が値をいじる運用にしない
【構成と測距ゼロ点】 第6.7.5で見たとおり、測距ゼロ点は構成に依存する。 冗長系を切り替えれば遅延が変わる。したがって 較正値は構成に紐づけて管理するのが正しい。
「構成Aのゼロ点」「構成Bのゼロ点」を別々に持ち、 パスで使った構成をTDMのメタデータまで追跡できるようにしておくと、 姉妹書『電波航法と軌道決定』第5.6章の局間バイアス解析が格段にやりやすくなる。

6.5.4 シーケンス実行 — 時刻に従って局を動かす

パスは時刻駆動の手順である。局管制システムはこれをシーケンスとして実行する。

T−60分 折り返し試験(自動)→ 判定 T−30分 構成適用、予報読み込み、機器の立ち上げ T−10分 アンテナを待ち受け位置へ、送信準備 T−0 AOS: 追尾開始、上り掃引開始 T+RTLT 機上ロック確認 → 下り捕捉     テレメトリ同期 → 測距開始 … 定常観測 … LOS−10分 測距停止、記録の締め LOS 追尾停止、送信停止、構成の後始末

ここで往復光時間(RTLT)がシーケンスの中に埋め込まれていることに注意したい。 RTLTは探査機の距離で変わるので、シーケンスは 予報から計算された値でパラメータ化されていなければならない。 固定値を書き込んだシーケンスは、距離が変われば破綻する。

6.5.5 監視 — 何を、どの周期で見るか

監視項目は数百に及ぶ。すべてを同じ扱いにすると、 本当に見るべきものが埋もれる。階層をつけるべきである。

階層項目の例周期逸脱時の扱い
致命送信インターロック、アンテナ駆動異常、冷凍機停止秒以下即座に自動停止・警報
運用に直結搬送波ロック、P_C/N_0、テレメトリ同期、測距ロック警報+オペレータ判断
品質指向誤差、系雑音温度、周波数基準の状態秒〜分記録+閾値超過で通知
傾向LNA温度、冷凍機の運転時間、各部の物理温度記録のみ。トレンド解析へ

オペレータの画面に出すのは上2階層だけにし、 下2階層は記録して後で解析する、という設計が現実的である。 「全部を画面に出す」は「何も見ていない」に等しい。

6.5.6 異常検知とエスカレーション

閾値監視は単純だが、深宇宙局では単純な閾値では足りない場面が多い。

検知方式向く対象限界
固定閾値致命的な状態量(温度、圧力、インターロック)正常値が状況で変わる量には使えない
予測値との比較P_C/N_0、ドップラ、指向予測が正しいことが前提
前回パスとの比較折り返し試験の各値ゆっくりした劣化を見逃す
長期トレンド雑音温度、測距ゼロ点、冷凍機性能即応性がない

とくに P_C/N_0 は「予測値との差」で見るべきである。 絶対値は距離・仰角・天候・機体側の設定で常に変わるから、 固定閾値では警報が鳴りっぱなしになるか、鳴らないかのどちらかになる。 予報から期待値を計算し、その差が閾値を超えたときに警報する設計が正しい。

エスカレーションの設計も重要である。誰に、どの経路で、どのくらいの猶予で伝えるかを あらかじめ決めておく。深宇宙運用では、 「オペレータが判断できること」「ミッション側に聞かないと決められないこと」 「局の保守担当を呼ぶこと」の区別が要る。

6.5.7 無人運用・遠隔運用

局に人が常駐する運用から、遠隔監視・無人運用へ移る流れは各国共通である。 理由は費用だけではない。局数が増え、同時運用機数が増えると、 人が張り付く方式では単純にスケールしないからである。

無人化のために必要なのは、次の4つが揃っていることである。

  1. 自動化されたパス実行(6.5.4のシーケンス)
  2. 自動化された事前検査(第6.7章の折り返し試験)
  3. 信頼できる異常検知(6.5.6)と遠隔からの介入手段
  4. 安全側に倒れる設計。通信が切れたら送信を止める、など

4番目が最も重要である。遠隔運用の設計は「繋がっているとき」ではなく 「繋がらなくなったとき」で決まる。 局とリモート運用拠点の間の回線が落ちたとき、局が何をするか—— 送信を続けるのか止めるのか、追尾を続けるのか安全位置へ退避するのか——を 明示的に設計しておく必要がある。

6.5.8 自動化してはいけないもの

自動化の設計で最も難しいのは、どこで人に返すかである。 判断の基準は「間違えたときの被害が回復可能か」である。

自動化してよい人が判断すべき
定型のパス実行異常時に運用を継続するかどうか
折り返し試験の実施と判定判定が不合格だったときの対処
予報の取り込みと指向予報が明らかにおかしいときの扱い
記録・トレンドの集計劣化傾向に対する保守判断
安全側への自動停止安全停止からの復帰
スケジュールどおりの構成適用スケジュールの変更・割り込み

右列の最後の行——送信の再開——は特に注意がいる。 数十kWの送信は人命に関わるので、 インターロックが働いて止まったものを自動で再開させてはならない(第4.2章)。 「止めるのは自動、再開は人」が原則である。

6.5.9 外部インタフェース

局管制システムは局の中で閉じておらず、外部と多数のインタフェースを持つ。

相手やりとり本書・姉妹書
ミッション運用センタテレメトリ/コマンド(SLE等)第6.4章
スケジューリングパス割当、変更、緊急割り込み第7.1章
航法チーム予報の受領、追跡データ(TDM)の送出『電波航法と軌道決定』第5.4・5.5章
気象降雨・水蒸気の実況と予報第3.7章
保守状態記録、故障通知第7.2章

これらのインタフェースは標準化されているものとそうでないものが混在するのが実情である。 標準(SLE、TDM、OEM)に寄せられる部分は寄せておくと、 国際相互支援(第7.5章)のときに書き直しが要らない。

■ この章のまとめ
  • M&Cの仕事は設定・実行・監視・記録の4つ。記録が最も長期的な価値を持つ
  • 階層を分け、局管制の層に機器固有の知識を持ち込まない。局は機器より長生きする
  • パス設定は「構成」として名前をつけて版管理する。測距ゼロ点は構成に紐づけて管理する
  • シーケンスにRTLTが埋め込まれる。距離でパラメータ化されていなければ破綻する
  • 監視項目は階層化する。画面に出すのは上位2階層だけ。全部出すのは何も見ていないに等しい
  • P_C/N_0 は絶対値でなく予測値との差で監視する
  • 遠隔運用の設計は「繋がらなくなったとき」で決まる。安全側に倒れる設計を明示する
  • 止めるのは自動、再開は人。とくに送信の再開は自動化してはならない

第6.7章折り返し試験構成 — 局を自分で検査する

■ この章で学ぶこと
本書で最も現場的な章である。探査機は待ってくれない。 パスが始まってから「受からない」と気づくのでは遅い。 折り返し試験は、探査機なしで局の健全性を確かめる唯一の手段であり、 同時に測距ゼロ点較正という航法精度の根幹を支える作業でもある。 本章では折り返し点の階層、測れるものと測れないもの、 そして異常時の切り分け手順を扱う。

6.7.1 なぜ折り返し試験が要るのか

深宇宙局の受信系は、数億km彼方の−170 dBW級の信号を扱う。 これほど弱い信号を相手にしていると、次のことが起きる。

  • 異常が「受からない」という形でしか現れない。信号が弱いのか、局が壊れているのか、 機体が送っていないのか、区別がつかない
  • パスは1日に数時間しかない。しかも往復光時間ぶんの遅れがあるので、 パス中の試行錯誤には限界がある
  • 機体側の異常と誤診すると被害が大きい。安全モード遷移を疑って 不要な運用を打つことになりかねない

したがって、パスの前に局が正常であることを確かめておくことが運用規律になる。 これが折り返し試験(ループバック試験)である。 「パス前チェック」として毎パス実施するのが標準的な運用である。

6.7.2 折り返し点による分類 — 内から外へ4段階

折り返し試験の本質は、信号経路のどこで折り返すかを変えることで、 検証範囲を段階的に広げていくことにある。

段階折り返し点検証できる範囲検証できない範囲
① ベースバンド折返し変復調装置の中/ディジタル領域変調器・復調器・符号化・測距符号生成と相関・データ処理RF系すべて
② IF折返し中間周波段①+周波数変換・IFフィルタ・A/D・レベル配分アップコンバータ以降のRF、送信系、受信フロントエンド
③ RF折返し送信系出口〜受信系入口(低電力側)②+RF変換・局発・大部分の系統高電力増幅器、給電系、アンテナ
④ 空中線折返し給電部のテストカプラ経由③+高電力増幅器・導波管・給電系の大部分主鏡・副鏡・フィード開口
■ 最も重要な限界
どの折り返し試験でも、主鏡と副鏡は検証できない。 鏡面精度の劣化、パネルのずれ、副鏡位置の狂い、給電の照射ずれ—— これらは折り返しでは絶対に見えない。 これらを検証する手段は別にあり、電波星によるG/T実測(第3.5章)と ホログラフィ(第1.7章)がそれにあたる。 「折り返しは通ったのに探査機が受からない」という事象の多くは、この境界の外側にある。

6.7.3 テストトランスポンダ — 探査機の代わりをする装置

③と④では、局が送信した上り信号を受け取り、探査機と同じ振る舞いで下りに変換して返す装置が要る。 これをテストトランスポンダ(局側折返し装置、テストトランスレータ)という。 備えるべき機能は次のとおりである。

機能なぜ要るか
正しいターンアラウンド比での周波数変換880/749(X/X)等。比が違うと局の受信機が想定周波数に来ず、実運用の検証にならない
位相コヒーレンス上り位相に同期して下りを作る。これがないとドップラ抽出系が検証できない
測距信号の折返し透過型か再生型か。実機のトランスポンダに合わせる(『電波航法と軌道決定』第2.2.7)
ドップラ付加プログラム可能な周波数オフセットを与え、受信機の掃引・追尾とドップラ抽出を動的に検証する
減衰量の設定実運用相当の弱い信号レベルを作り、閾値近傍の挙動を確かめる
遅延の既知性・安定性測距ゼロ点較正の基準になるため、装置自身の遅延が既知かつ安定でなければならない
【現場の落とし穴: 減衰器】 局は数十kWを送信し、テストトランスポンダの入力は −60〜−100 dBm級。 その差は150 dB以上ある。この差を作る減衰器チェーンが、実は最大の不確かさ源になる。
・減衰量の周波数特性が平坦でないと、レベル測定が狂う
・温度でわずかに変わり、遅延(位相)も変わるため測距ゼロ点に効く
・コネクタの緩みや汚れが数dBの誤差を生み、しかも間欠的に現れる
「折り返し試験の結果がいつもと違う」ときは、まず減衰器チェーンとコネクタを疑う。 装置が壊れているより、こちらのほうがずっと多い。

6.7.4 折り返し試験で何を測るか

ただ「受かった/受からない」を見るだけでは、試験としては弱い。 数値を記録し、前回と比べることで初めて予防的な検査になる。

測定項目何が分かるか異常の兆候
受信レベル(P_C, P_C/N_0)系全体の利得配分じわじわ低下 → LNA劣化、コネクタ、冷却系
搬送波ロック時間・掃引挙動受信機の捕捉性能ロックが遅い → 周波数基準、掃引設定
テレメトリのビット誤り率復調・復号の健全性閾値近傍で急悪化 → 同期、極性、デランダマイザ
測距の捕捉時間測距系の健全性捕捉できない → 符号設定、電力配分
測距値(ゼロ点)系の群遅延前回と数ns違う → 経路変更、温度、機器交換
ドップラの読み周波数基準と抽出系付加ドップラと不一致 → 基準分配、計数器
スペクトル形状変調器と送信系非対称・スプリアス → 変調指数、増幅器の非線形

この表の値をすべて記録し、時系列で持つ。これが第7.2章の保守運用につながる。 故障は多くの場合、突然ではなくじわじわとした数値の変化として先に現れる。

6.7.5 測距ゼロ点較正 — 航法精度の根幹

折り返し試験の最も重要な成果物が、測距のゼロ点(局の機器遅延)である。 姉妹書『電波航法と軌道決定』第2.2.3の表で見たとおり、 局の機器遅延は数百ns〜µs、距離に直すと数十〜数百mある。 測距の測定精度が10 cm級であることを思えば、較正しなければ意味をなさない。

手順の骨格は単純である。

測距ゼロ点 = (折返し試験で測った測距値) − (折返し経路の既知の長さ)

だが実務では、次の3点が精度を決める。

① 折返し点の位置。④の空中線折返しでも、テストカプラより先(フィード開口・副鏡・主鏡)は 較正に含まれない。この区間の電気長は設計値・実測値から別途見積もって足す必要がある。 「較正済み」と言うとき、どこまでが較正済みなのかを明示する。

② 温度依存。導波管・同軸ケーブルは温度で伸縮し、電気長が変わる。 100 mの同軸で10 Kの変化があれば、位相はps〜ns級で動く。 季節と時刻で較正値が変わるので、温度と対にして記録する。 理想的には局内の温度テレメトリと合わせて回帰モデルを作る。

③ 構成依存。受信系のパスを切り替えれば(冗長系、フィルタ、分配経路)、遅延は変わる。 運用で使う構成そのもので較正する。試験用の構成で較正して運用構成で使う、は誤りである。

【較正値の管理】 測距ゼロ点は「一度測れば終わり」ではない。次のタイミングで測り直す。
・定期(毎パス前、または日次)
・機器の交換・修理のあと
・受信構成を変えたとき
・季節が変わったとき(温度モデルの検証)
そして値の履歴をグラフで持つ。ステップ状の変化は構成変更、 ゆるやかなドリフトは温度か経年劣化、跳ね回るならコネクタを疑う。 この判断が、姉妹書『電波航法と軌道決定』第5.6章の局間バイアス管理の入力になる。

6.7.6 切り分け手順 — 内から外へ広げる

異常が起きたとき、折り返し点を段階的に外へ動かすことで、故障箇所を挟み込める。 これが折り返し試験の最大の価値である。

① ベースバンド折返し → OK なら変復調・データ処理は健全 ② IF折返し → OK なら周波数変換・IF系も健全 ③ RF折返し → OK なら低電力RF系も健全 ④ 空中線折返し → OK なら送信系・給電系も健全           → ①〜④すべてOKで受からない場合、            残るのは「主鏡・副鏡・指向」か「局の外」

症状別の切り分けを整理しておく。

症状まず確かめること典型的な原因
下り搬送波がロックしない③でロックするか受信フロントエンド、LNA、冷却系、予報周波数のずれ
搬送波は来るがテレメトリが出ない①でBERが出るかビットスリップ、極性反転、デランダマイザ不一致、シンボルレート設定
測距が捕捉できない③④で捕捉時間を測る符号系・チップレートの設定、電力配分、閾値割れ
測距値が前回とずれるゼロ点の履歴構成変更、温度、コネクタ、機器交換
ドップラが変付加ドップラとの一致周波数基準の分配、計数区間設定、時刻タグ
受信レベルが低い④はOKか④OKなら鏡面・指向・気象・機体側。④NGなら局内
間欠的におかしい再現するかコネクタ・ケーブル・接触不良。最も多く、最も見つけにくい
■ 現場の鉄則
「1回で1つだけ変える」。 焦って複数箇所を同時に触ると、直っても何が効いたのか分からなくなり、次に同じ症状が出たとき再現できない。 そして触った内容と時刻を必ず記録する。折り返し試験の記録が残っていれば、 「いつから変わったか」を後から特定できる。

6.7.7 実通試験(RFCT)との関係

折り返し試験は局の中で完結する。これに対し、 実際の探査機(またはそのフライトモデル・EM)と局を接続して行うのが RF互換性試験(RFCT: RF Compatibility Test)である。

折り返し試験RFCT打上げ後の実通試験
相手テストトランスポンダ探査機の実機(地上)軌道上の探査機
時期毎パス前・日常打上げ前(試験フェーズ)打上げ直後
目的局の健全性確認・ゼロ点較正局と機体の適合性検証実運用条件での最終確認
確認する内容局内の各段が正常か周波数・変調・符号・測距・コマンドが噛み合うか実際の伝搬・レベル・全機能

RFCTで確認すべきは、仕様書上は合っているのに実際には噛み合わないことがら—— 測距符号の解釈の違い、コマンドのフレーム構造、テレメトリの極性、 ターンアラウンド比の設定、閾値近傍の挙動などである。 「標準に準拠している」ことは「繋がる」ことを保証しない。 打上げ後の実通試験と本免許の関係は、姉妹書『周波数管理と国際調整』第5.7章で扱う。

6.7.8 記録とトレンド管理

折り返し試験を「毎回やっているが記録は残していない」という運用は、 価値の半分以上を捨てている。残すべきは次のとおり。

  • 実施日時、実施者、使用した構成(冗長系のどちら、経路、減衰量)
  • 測定値一式(6.7.4の表の項目すべて)
  • 局内・外気の温度
  • 前回との差分と、差分が閾値を超えた場合の判定
  • 異常があった場合の処置内容

これを時系列でグラフ化しておけば、故障の予兆を故障の前に捕まえられる。 LNAの劣化、冷却能力の低下、ケーブルの経年変化は、いずれもゆるやかな数値変化として先に出る。 第7.2章の保守計画は、この記録の上に立つ。

【自動化すべきこと】 折り返し試験は手順が定型的なので、局管制システム(第6.5章)から シーケンスとして自動実行できる。パス開始の30分前に自動で走らせ、 判定結果をオペレータに出す構成が理想である。
人が判断すべきは「閾値を超えたとき何をするか」であって、 「毎回同じ手順を打鍵すること」ではない。
■ この章のまとめ
  • 折り返し試験は探査機なしで局の健全性を確かめる唯一の手段。パス前チェックとして日常的に行う
  • 折り返し点はベースバンド→IF→RF→空中線の4段階。内から外へ広げて故障箇所を挟み込む
  • どの折り返しでも主鏡・副鏡・指向は検証できない。そこはG/T実測とホログラフィの領域
  • テストトランスポンダは正しいターンアラウンド比・位相コヒーレンス・測距折返し・ドップラ付加を備える
  • 150 dB超の減衰器チェーンが最大の不確かさ源。異常時はまず減衰器とコネクタを疑う
  • 測距ゼロ点較正が最重要の成果物。折返し点より外の電気長・温度依存・構成依存の3点が精度を決める
  • 較正値は履歴で管理する。ステップは構成変更、ドリフトは温度か劣化、跳ね回るならコネクタ
  • 切り分けは「1回で1つだけ変える」。触った内容と時刻を必ず記録する
  • 折り返し試験(局内)→ RFCT(機体と地上で)→ 実通試験(軌道上)という3段構え
  • 記録をトレンド化すれば故障の予兆を先に捕まえられる。試験自体は自動実行すべき
臼田・美笹・内之浦の折り返し試験構成(テストカプラの位置、テストトランスポンダの仕様、 標準の試験手順と判定基準)は、各局の運用手順書および試験成績書で確認すること。 本章は構成の考え方と切り分けの論理を扱っており、特定局の手順書ではない。
第 VII 部 局の運用と資源
スケジューリング・保守・RFI・アレイ化・国際相互支援。局を「使い続ける」ための工学。

第7.2章可用性・保守・故障モード

■ この章で学ぶこと
局の価値は「性能が良いこと」ではなく「必要なときに使えること」で決まる。 パスは1日に数時間しかなく、逃せば次は明日である。 本章では可用性を定量的に扱い、故障モードを影響度で整理し、 予防保守と計画停止をどう設計するか、そして経年劣化にどう向き合い、いつ更新を決めるかを扱う。 現場の判断を、根拠のある言葉にすることが目的である。

7.2.1 可用性をどう定義するか

可用性の素朴な定義は次のとおりである。

A = \frac{MTBF}{MTBF + MTTR}

だが深宇宙局でこの定義をそのまま使うと、実感と合わない。理由は2つある。

① 局は24時間使うわけではない。可視時間の外で故障して、可視までに直れば影響はゼロである。 逆に可視の真ん中で1時間止まれば、そのパスは失われる。 分母は「暦時間」ではなく「割り当てられたパス時間」で取るべきである。

② 全か無かではない。Ka帯が使えなくなってもX帯は使える、 測距はできないがテレメトリは取れる、といった縮退状態がある。 これを「使えた/使えなかった」の二値に潰すと、判断材料にならない。

A_{運用} = \frac{達成できたパス時間}{割り当てられたパス時間}, A_{機能別} = 機能ごとに同じ比を取る
【指標は用途で選ぶ】 ・ミッション側に報告するなら パス達成率(何パス中、何パスが計画どおりだったか)
・局の改善に使うなら 機能別・原因別の損失時間
・投資判断に使うなら 損失したデータ量/観測量の点数
同じ事象でも、指標が違えば見え方が変わる。1つの指標だけを追うと必ず判断を誤る。

7.2.2 故障モードと影響度

局の故障モードを、影響度と発生頻度で整理しておく。 これが保守計画と予備品計画の根拠になる。

故障箇所影響頻度復旧時間縮退運用
冷凍機停止T_sys が数十〜数百K上昇。実質受信不能数時間〜数日常温LNAがあれば低レートで継続
LNA故障その帯域が使えない数時間(冗長切替なら分)冗長系/別帯域へ
HPA(送信管)故障上りが出せない。コマンド不可中(管は消耗品)数時間〜数日予備管・低出力運用
アンテナ駆動系追尾不能。局として全滅数日〜数週なし。他局へ移す
エンコーダ・指向系指向精度劣化。Ka帯は使用不可低〜中数時間〜数日X帯なら継続できることが多い
周波数標準ドップラ・測距精度が劣化切替は分冗長標準へ切替。精度は落ちる
ベースバンド/変復調該当機能が停止分〜時間冗長系へ
局管制システム自動運用が止まる分〜時間手動運用(要員が要る)
ネットワーク・回線データ配送不可。遠隔運用不可分〜時間ローカル記録して後送
コネクタ・ケーブル間欠的な性能劣化特定に時間がかかる
■ 現場の実感
表の最後の行が実際には最も多い。装置が壊れるより、 接触不良・緩み・汚れ・ケーブルの劣化のほうがはるかに高頻度で、 しかも間欠的なので特定が難しい
第6.7章の折り返し試験の記録をトレンドで持っていると、 「いつから、どの構成で異常が出始めたか」が絞れる。 これがコネクタ系の故障に対する最も有効な武器である。

7.2.3 予防保守と計画停止

保守は「壊れてから直す」(事後保全)だけでは回らない。 深宇宙局の保守は3種類を組み合わせる。

種類やり方向く対象
事後保全壊れてから直す冗長があり、復旧が速いもの
時間基準保全一定期間ごとに交換・整備消耗が時間で進むもの(送信管、冷凍機、潤滑)
状態基準保全測定値の傾向で判断雑音温度、冷凍到達温度、指向残差、測距ゼロ点

深宇宙局で最も効くのは状態基準保全である。 第6.7.8で述べたとおり、劣化はゆるやかな数値変化として先に現れる。 これを捕まえれば、パスを失う前に手を打てる。

【状態基準保全の指標例】 ・折り返し試験の受信レベル(前回比・30日移動平均)
・冷凍機の到達温度と、そこまでの所要時間
・電波星によるG/T実測値(第3.5章)の月次トレンド
・指向モデル残差RMSの推移(第2.3章)
・測距ゼロ点の変動幅
・HPAの必要駆動電力(同じ出力を得るのに、より多く入れる必要が出てきたら劣化)
これらに閾値を設定し、超えたら保守を計画する。閾値の初期値は経験で決め、 運用しながら調整していく。

計画停止は、可用性を下げる要因であると同時に、 可用性を守るための投資でもある。設計の要点は3つ。

  • ミッションの重要局面を避ける。軌道投入・TCM・接近といったイベントは 1年前から分かっている。停止計画はミッションのイベント表と突き合わせて立てる
  • 複数局で時期をずらす。近接二局(第8.1.6)の主要な価値がこれである
  • 停止を長くまとめる。細切れに何度も止めるより、まとめて長く止めるほうが 総損失は小さいことが多い。段取り・立ち上げ・確認の時間が毎回かかるからである

7.2.4 冗長構成と縮退運用

冗長は「あるかないか」ではなく、どのレベルで持つかの設計である。

レベル切替時間コスト
ホットスタンバイ周波数標準2台を常時運転し即切替秒〜分
コールドスタンバイ予備LNAを保管、故障時に交換時間〜日
機能縮退Ka帯故障時にX帯で継続低(設計で持つ)
局間冗長他局へパスを移すスケジュール次第調整コスト

縮退運用は事前に定義しておかないと使えない。 「Ka帯が落ちたらX帯で何 kbps まで出せるか」を、 故障が起きてから計算しているようでは間に合わない。 主要な故障モードごとに縮退時の運用条件をあらかじめ表にしておくべきである。

【縮退運用表の例】 故障: Ka帯受信系停止
代替: X帯受信で継続
影響: 受信G/Tが○dB低下 → 最大データレートが○kbps→○kbpsへ
必要な措置: 機体側のレート変更コマンド(RTLTを考慮し○分前に送信)
判断者: ミッション運用責任者
復旧見込み: ○時間
これを主要故障モードぶん用意しておけば、異常時に計算ではなく参照で動ける。

7.2.5 パス失敗の原因分析

パスを1回失ったら、必ず原因を分類して記録する。 これを積み上げると、どこに投資すべきかが見えてくる。

分類対策の方向
局の機器故障LNA、駆動系、ベースバンド冗長・予備品・予防保守
局の設定誤り構成の取り違え、予報の入れ忘れ自動化と構成の版管理(第6.5.3)
気象降雨、強風による運用停止可用性設計、ダイバーシティ(第3.7章)
外部干渉RFI監視、遮蔽、調整(第7.3章)
ネットワーク回線断、データ喪失ローカル記録、経路冗長
機体側安全モード、指向不良局の問題ではないが記録は残す
スケジュール競合、割り込み第7.1章

「局の設定誤り」が上位に来る局は珍しくない。 これは要員の質の問題ではなく設計の問題である。 手で入れる項目が多ければ、確率的に必ず誤りが起きる。 対策は「注意する」ではなく「手で入れる項目を減らす」ことである。

7.2.6 予備品と技能の維持

局は数十年使う。その間に直面するのが、次の2つの陳腐化である。

① 部品が手に入らなくなる。半導体・計測器・制御装置は10年で製造中止になる。 対策は、寿命末期買い(ライフタイムバイ)で必要数を確保するか、 早い段階で代替可能な設計にしておくか。 特に局管制システムの計算機系は陳腐化が速いので、 第6.5.2の階層分離が効いてくる。

② 技能が失われる。導波管の取り回し、冷凍機の整備、大型構造物の点検—— これらは文書だけでは伝わらない。 作業を必ず複数人で行い、記録を残し、若手に手を触れさせるという運用規律が、 長期的には予備品より重要になることがある。

■ 記録は資産である
本書で繰り返し「記録せよ」と書いてきた。 折り返し試験の値(第6.7.8)、G/T実測(第3.5章)、指向モデル残差(第2.3章)、 故障と処置、保守の履歴。
これらは10年後に、局を更新すべきかどうかを判断する唯一の根拠になる。 記録のない局は、老朽化していることを主張できず、更新の予算も取れない。

7.2.7 経年劣化と更新判断

いつ更新を決めるか。技術的な判断材料は次の4つである。

  1. 性能の低下。G/T実測のトレンド、指向精度、可用性の推移
  2. 保守コストの増加。故障頻度、復旧時間、部品調達の困難さ
  3. 要求とのギャップ。今後のミッションが要求する帯域・レートに対応できるか (第8.1.5のKa帯化の連鎖がこれにあたる)
  4. 更新の代替案との比較。改修で足りるか、新設か、アレイ化(第7.4章)か

臼田から美笹への移行(第8.1章)は、まさにこの4つが揃った結果である。 「古くなったから」ではなく「Ka帯が要るのに鏡面精度が届かないから」という 技術的な理由が明確だったことが、更新を成立させた。

自分の局について、この4項目を数字で書けるようにしておくこと。 それが本章の実務的な到達点である。

■ この章のまとめ
  • 可用性は暦時間ではなく割り当てられたパス時間で測る。全か無かではなく機能別に見る
  • 指標は用途で選ぶ。1つの指標だけを追うと判断を誤る
  • 実際に最も多い故障は装置ではなくコネクタ・ケーブル・接触不良。間欠的で特定が難しい
  • 深宇宙局で最も効くのは状態基準保全。劣化はゆるやかな数値変化として先に現れる
  • 計画停止はミッションのイベント表と突き合わせ、複数局でずらし、まとめて長く取る
  • 縮退運用は事前に表にしておく。異常時に計算ではなく参照で動けるようにする
  • パス失敗の原因で「設定誤り」が上位に来るのは要員でなく設計の問題。手入力を減らす
  • 数十年の運用では、部品の陳腐化と技能の喪失の両方に備える
  • 記録は10年後に更新を主張するための唯一の根拠になる。記録のない局は更新予算を取れない
  • 更新判断は性能低下・保守コスト・要求とのギャップ・代替案比較の4つで書く
第 VIII 部 事例研究
内之浦・臼田・美笹、そしてDSNとESTRACK。設計思想の違いという視点で読む。

第8.1章事例研究 — 臼田64m・内之浦・美笹54m

■ この章で学ぶこと
日本の深宇宙局を、本書の各章で組み立てた道具で読み解く。 なぜ内之浦・臼田・美笹はそれぞれ違う設計なのかなぜ後継の美笹は口径が小さくなったのに性能が上がるのかKa帯対応が何を要求したのか——技術的な選択の連鎖として理解することが目的である。 諸元の数値そのものは公開資料で確認する前提とし、本章は設計判断の読み方を扱う。
本章の使い方: 局の正確な諸元(口径・G/T・EIRP・対応帯域・鏡面精度・ 系雑音温度・座標)は、JAXAの公開資料、局の技術資料、および各ミッションのICDで確認し、 下記の表を自分の手で埋めること。本文は数値の暗記ではなく、 その数値がなぜその値になったのかを読むための枠組みを与える。

8.1.1 三つの局の役割分担

日本の深宇宙運用は、性格の異なる複数の局で分担されている。 同じ「アンテナ」でも、担う仕事が違えば最適な設計は違う。

内之浦(USC)臼田(UDSC)美笹(MDSS)
所在鹿児島県肝付町長野県佐久市長野県佐久市(臼田の近傍)
主な役割打上げ直後・近地球・比較的近距離の運用深宇宙の主力(長年)深宇宙の次世代主力
口径34 m 級(ほか小口径も)64 m54 m
運用開始1980年代半ば2020年代初頭
設計の主眼射場併設・即応性・広い可視とにかく大口径(S帯・X帯)Ka帯対応と高レート化
対応帯域要確認要確認要確認(Ka帯を含む)
G/T・EIRP要確認要確認要確認

8.1.2 内之浦 — 射場に併設されるということ

内之浦は打上げ場に併設されている。この一点が設計要求を大きく変える。

打上げ直後(LEOP)に何が要るかを考えると分かりやすい。

  • 広い可視と速い追尾。分離直後の機体は近く、視線方向が速く動く。 第2.1章のサーボ帯域と最大角速度が効く。大口径局は動きが遅いので不向きである
  • 広いビーム。軌道が未確定なので、狭いビームでは捕まえられない。 口径が小さいことが利点になる珍しい場面である(第1.2章の θ_3dB ≈ 70λ/D)
  • 即応性。異常時に即座に対応できる体制。射場に人がいることの価値
  • 強い上り。初期の緊急コマンドを確実に届ける
【口径が小さいほうがよい場面】 X帯(8.4 GHz、λ = 3.6 cm)で半値幅を計算すると、
34 m: θ_3dB ≈ 70×0.036/34 = 0.074°
64 m: θ_3dB ≈ 70×0.036/64 = 0.039°
軌道の不確かさが 0.05° あるとき、64 m のビームでは外れる。 34 m なら入る。
LEOPで大口径局が使いにくいのは、指向精度の問題ではなくビームが細すぎるからである。 だから初期はS帯(λ = 13 cm、ビームは約3.6倍広い)で、 軌道が固まってからX帯・大口径へ移行する、という運用が理にかなう。

8.1.3 臼田64m — 大口径という解答

臼田の64mは、1980年代のハレー彗星探査を契機に建設された。 当時の技術的制約のもとで「深宇宙と通信する」という要求に答えるなら、 口径を大きくする以外に手がなかった

その理由を第3.4章の枠組みで読む。G/Tを上げる手段は2つしかない。

\frac{G}{T} を上げる ⇔ G を上げる(口径) または T を下げる(受信系)

1980年代の低雑音増幅器の水準では、T をこれ以上下げることは難しかった。 冷却技術も現在ほど成熟していない。したがってGを稼ぐ=口径を大きくするという選択になる。 64mという口径は、当時の技術で到達できるG/Tの上限を、構造側で取りにいった結果である。

大口径の代償も、本書の各章に対応づけて読める。

代償本書の該当章内容
重力変形が大きい第1.6章仰角で鏡面が変わる。ホモロジー設計と補正が要る
鏡面精度の維持が難しい第1.5章Ruzeの式。高い周波数ほど厳しい → Ka帯化の障壁
スルーが遅い第2.1章ΔDORのスイッチング(第7章)やLEOPに不利
風の影響を受けやすい第1.6章運用制限風速が低くなり、可用性に効く
保守負担が大きい第7.2章経年とともに増大する

この表の3行目——鏡面精度がKa帯化の障壁になる——が、後継局の設計を決めた。

8.1.4 美笹54m — なぜ口径を小さくして性能を上げられたのか

後継の美笹は口径が54mで、臼田より小さい。にもかかわらず性能は上である。 これが本章で最も重要な読み解きである。

理由①: 受信系の進歩でTを下げられるようになった。 第3.4.5の感度式 ∂(G/T)/∂T ≈ −4.34/T_sys を思い出す。 T_sys が 40 K の局を 20 K にできれば、それだけで +3 dB。 口径で+3 dBを稼ぐには面積を2倍、直径を1.41倍にする必要がある。 64m → 90m である。受信系で取るほうが圧倒的に安い。

理由②: Ka帯を使えば同じ口径で利得が上がる。 G ∝ (D/λ)² なので、X帯(8.4 GHz)からKa帯(32 GHz)へ移れば、 同じ口径で利得は (32/8.4)² = 14.5倍 ≒ +11.6 dB。 54mのKa帯は、64mのX帯より利得だけで10 dB以上勝る。

【例8.1-1】ざっくり比較してみる】 64m・X帯 と 54m・Ka帯 の受信利得を比べる(開口能率を同じ0.6と仮定)。
64m・8.4 GHz: G = 10log[0.6·(π×64/0.0357)²] ≈ 72.5 dBi
54m・32 GHz: G = 10log[0.6·(π×54/0.00937)²] ≈ 82.5 dBi
差は +10 dB。口径が16%小さくても、周波数が3.8倍なら圧勝する。
さらに受信系でT_sysを半減できれば +3 dB。合計 +13 dB。
これがKa帯化の破壊力である。データレートに直せば20倍である。

理由③: Ka帯にするなら口径を欲張れない。 ここが設計の妙である。Ruzeの式(第1.5章)を思い出す。

G = G_{0}·\exp\left[−\left(\frac{4πε}{λ}\right)^{2}\right]

λ が 3.6 cm から 0.94 cm へ縮むと、同じ鏡面誤差 ε に対する劣化が (3.6/0.94)² = 14.6倍になる。X帯で問題にならなかった鏡面誤差が、Ka帯では致命的になる。

【例8.1-2】Ka帯が要求する鏡面精度 鏡面精度 ε = 0.5 mm の鏡で利得劣化を計算する。
X帯(λ = 35.7 mm): (4π×0.5/35.7)² = 0.0310 → exp(−0.031) = 0.970 → −0.14 dB
Ka帯(λ = 9.37 mm): (4π×0.5/9.37)² = 0.4497 → exp(−0.45) = 0.638 → −1.95 dB
同じ鏡で、X帯なら無視できる誤差がKa帯では2 dB近く効く。
Ka帯で劣化を0.5 dB以内に抑えるには ε ≈ 0.25 mm が要る。 直径54mの鏡面全体を、0.25 mmの精度で作り、維持する。
これは口径が大きいほど困難になる。「Ka帯対応」と「大口径」は両立しにくい。 美笹が64mではなく54mになったことは、この制約の中での合理的な最適化と読める。

つまり設計判断の連鎖はこうなる。

高レート化が要る → Ka帯を使う → 鏡面精度を1桁厳しくする必要 → 大口径では実現困難 → 口径を抑える → 受信系(低雑音・冷却)で取り返す → 結果: 54mでKa帯対応、64m時代を上回る性能

8.1.5 Ka帯対応が要求した設計変更の連鎖

「Ka帯にする」という一つの決定が、局のほぼ全部に波及する。 本書の各部がここで一度に効いてくる。

領域Ka帯が要求すること本書
鏡面精度を1桁厳しく。パネル調整・ホログラフィ・副鏡制御第1.5〜1.7章
構造重力変形・熱変形の補正。仰角依存の副鏡位置制御第1.6章
指向ビーム幅が1/3.8。指向誤差予算を作り直す第2.3・2.6章
給電Ka帯フィード、多周波共用、BWG鏡列の再設計第1.3・3.1章
受信Ka帯LNA、冷却。T_sysをX帯並みに保つ努力第3.2〜3.4章
大気降雨減衰が1桁増。可用性設計が別物になる第3.7章
時刻・周波数位相安定度の要求が周波数比だけ厳しく第5.1・5.2章
運用天候に依存する可用性。事前計画型の適応第3.7.8・第7.1章

指向のところを具体的に見ておく。54m・Ka帯の半値幅は θ_3dB ≈ 70×0.00937/54 = 0.0121°(約44秒角)。 指向損失を0.5 dB以内に抑えるには、第2.6章の式から θ_err < 0.4·θ_3dB ≈ 0.005°(18秒角)が要る。 数百トンの構造物を、18秒角の精度で向け続ける。 風速・日射・重力変形をすべて含めた予算でこれを守るのが、第2部の仕事である。

8.1.6 二局体制をどう使うか

臼田と美笹は近接している。これは冗長性という意味では強いが、 ΔDORのベースラインとしては使えない(姉妹書『電波航法と軌道決定』第2.4.8)。 また、同じ気象条件下にあるのでサイトダイバーシティにもならない(第3.7.6)。 近接立地の利点と限界を、両方はっきり認識しておく必要がある。

観点近接二局の効き方
機器故障への冗長◎ 片方が落ちても運用継続できる
保守停止中の代替◎ 計画停止を回しやすい
同時多ミッション運用◎ 2機を並行して追える
可視時間の延長× 経度がほぼ同じなので伸びない
ΔDORベースライン× ほぼゼロ。使えない
サイトダイバーシティ(降雨)× 同じ気象。効かない
アレイ化(合成)△ 原理的には可能(第7.4章)。位相同期は近いほど容易

したがって、連続可視・ΔDOR・降雨ダイバーシティは国際相互支援で補うという構図になる。 これが第7.5章の話につながる。日本の局配置を前提にすると、 国際協力は「あればよいもの」ではなく「構造的に必要なもの」である。

8.1.7 この章から自分の局を読む

本章の枠組みは、どの局にも当てはめられる。次の順で読むとよい。

  1. いつ、どんな要求で作られたか。当時の技術制約は何だったか
  2. G/Tのうち、Gで取ったかTで取ったか。その配分は今の技術水準で最適か
  3. 対応帯域と鏡面精度の関係。Ruzeの式でどこまで使えるか
  4. ビーム幅と指向精度の関係。指向損失の予算は成立しているか
  5. 立地が何を与え、何を奪っているか。経度・気象・RFI・保守アクセス
  6. 次に投資するならどこか。第3.4.5の感度分析で答えが出る

この6項目を自分の局について書き下せれば、 局の改修提案が根拠つきで書けるようになる。それが本章の実務的な到達点である。

■ この章のまとめ
  • 内之浦は射場併設。LEOPではビームが広いことが利点になる(θ_3dB ≈ 70λ/D)
  • 臼田64mは、受信系でTを下げられなかった時代にGで取りにいった解答
  • 大口径の代償は重力変形・鏡面精度・スルー速度・風・保守。うち鏡面精度がKa帯化の障壁になった
  • 美笹54mが64mより高性能なのは、Ka帯化(+10 dB以上)+受信系の進歩(+3 dB級)が口径減を上回るから
  • Ka帯では同じ鏡面誤差の劣化が14.6倍になる。ε = 0.5 mm でX帯 −0.14 dB、Ka帯 −1.95 dB
  • 「Ka帯対応」と「大口径」は両立しにくい。54mという口径はその制約下の最適化と読める
  • Ka帯化は鏡面・構造・指向・給電・受信・大気・時刻・運用の全部に波及する
  • 54m・Ka帯の半値幅は約44秒角。指向誤差は18秒角以内が要る
  • 近接二局は冗長性には効くが、可視延長・ΔDOR・降雨ダイバーシティには効かない。だから国際協力が構造的に必要
要確認: 各局の正確な口径・鏡面精度・対応帯域(送受別)・G/T・EIRP・ 系雑音温度・運用開始年・測地座標・運用制限風速は、 JAXAの公開資料、局の技術資料、対象ミッションのICDから転記すること。 本章の計算例は、開口能率0.6・鏡面精度0.5 mmといった仮定値を置いた説明用のものであり、 実局の性能値ではない。

第8.2章事例研究 — DSNとESTRACK

■ この章で学ぶこと
世界の深宇宙局を、設計思想の違いという視点で比較する。 なぜ経度120度おきに3か所なのかなぜDSNは70mから34m群へ舵を切ったのかなぜESAは最初から35m一種類で揃えたのか。 いずれも第7章までに組み立てた道具で説明がつく。 相互支援の相手を理解するための章でもある。

8.2.1 なぜ経度120度おきに3か所なのか

深宇宙局の配置を決めているのは、ただ一つの要求である。 地球のどこかから常に見えていること——連続可視である。

探査機は地球から見てほぼ静止した方向にあるので、 ある局から見える時間は地球の自転で決まる。 最低仰角を el_min とすると、1局が1日に見られる時間は概ね

T_{vis} ≈ \frac{24}{180°}·\big(180° − 2·f(el_{min}, δ, φ)\big) [時間]

という形になるが、実用上は「1局で8〜12時間、経度120度おきに3局で24時間」と覚えておけばよい。 重なりを持たせつつ全周をカバーする最小構成が3局であり、 これがDSNもESTRACKも3か所である理由である。

【日本の局が国際協力を必要とする理由】 日本の深宇宙局は経度135〜139度付近に集中している(第8.1.6)。 これは1つの経度帯しか押さえていないということであり、 単独では1日8〜12時間しか追跡できない
緊急時に連続追跡が要る場面、あるいは連続的な電波科学観測が要る場面では、 構造的に他国の局が要る。これは能力の問題ではなく地理の問題である。

8.2.2 DSN — 3複合局と、70mから34m群への転換

DSN(Deep Space Network)は経度をほぼ三等分する3か所の複合局から成る。

複合局所在構成の考え方
Goldstone米国カリフォルニア(モハーベ砂漠)乾燥地。Ka帯に有利。研究開発の拠点でもある
Madridスペイン近郊欧州経度帯
Canberraオーストラリア近郊南半球。南天の探査機に有利

各複合局は70m級1基+34m級複数基という構成を持つ。 70mは1960年代に64mとして建設され、1980年代に70mへ拡張された。 臼田64mと同世代・同思想——受信系でTを下げられない時代に、Gで取りにいった解答である。

現在DSNが進めているのは、この70mを34m級ビーム導波管アンテナの群で置き換える方向である。 理由を本書の枠組みで整理する。

観点70m 1基34m 複数基本書
G/T単基では最強1基では劣るが合成すれば追いつく第7.4章
Ka帯対応鏡面精度の維持が困難口径が小さく達成しやすい第1.5章
可用性落ちると複合局の主力が全滅1基落ちても縮退運用できる第7.2章
柔軟性1機しか追えない基数だけ別ミッションを並行できる第7.1章
保守巨大構造物。停止が痛い1基ずつ順番に停められる第7.2章
ΔDORスルーが遅く不利切替が速い第2章・第7章
建設・更新一度作ると更新できない段階的に増設・更新できる

34m群への転換は「性能」ではなく「運用の柔軟性と持続可能性」で選ばれている。 単基のG/Tだけを見れば70mが勝つ。だが、 Ka帯が使えず、可用性が脆く、1機しか追えず、老朽化しても更新できない資産よりも、 少し劣るが柔軟で更新可能な資産を並べるほうが、 数十年にわたって多数のミッションを支えるという目的には合う。

アレイ化(第7.4章)はこの転換の技術的な鍵である。 N基をコヒーレント合成すればG/TはN倍(+10log N dB)になる。 34m×4基で+6 dBを積めば、70m単基に迫る。 ただし送信側のアレイ化は受信よりはるかに難しいので、 アップリンクについては大型局の役割が当面残る。

8.2.3 ESTRACK — 35m一種類で揃えるという設計

ESA の深宇宙用アンテナ(DSA)は、口径35m級のビーム導波管アンテナを 3か所に配置する構成である。

所在特徴
New Norcia(DSA-1)オーストラリア西部アジア・オセアニア経度帯
Cebreros(DSA-2)スペイン欧州経度帯
Malargüe(DSA-3)アルゼンチン南米経度帯。南半球

DSNとの最大の違いは「一種類で揃えた」ことである。これがもたらす利点は大きい。

  • 設計・製造・保守の共通化。予備品も手順も要員訓練も1種類で済む
  • 性能の均一性。どの局を使っても同じ条件で運用できるので、 スケジューリング(第7.1章)が単純になる。「この局は性能が落ちるからレートを下げる」という 場合分けが要らない
  • 最初からKa帯対応。35mという口径は、Ka帯の鏡面精度要求を現実的に満たせる大きさである
  • 後発の利点。1980年代の資産を引きずっていないので、 最初からビーム導波管・冷却受信系・自動化を前提に設計できた

代償は単基のG/Tの上限である。70m級を持たないので、 極端に弱いリンク(遠方・低利得アンテナ・緊急時)ではDSNの支援を仰ぐことになる。 ESAとNASAが相互支援の枠組みを持っているのは、この補完関係による。

【日本にとっての含意】 美笹54mは、「Ka帯対応・ビーム導波管・冷却受信系」という点でESAのDSAと同世代の思想にありながら、 口径は54mとDSAより大きい。単基性能ではDSAを上回る位置にある。
一方で基数が少なく、経度が1帯に偏る。 「単基は強いが、網としては薄い」というのが日本の局の構造的な特徴であり、 強みを活かす使い方(重要局面での高性能単基運用)と、 弱みを補う枠組み(国際相互支援)を両方設計する必要がある。

8.2.4 その他の深宇宙局

深宇宙局を持つ国・機関は増えている。相互支援や周波数調整(姉妹書『周波数管理と国際調整』) の相手として、存在と概略は把握しておく必要がある。

機関特徴
中国(CLTC/CDSN)国内の大口径局+南米の局大口径と経度分散を両方志向。月・火星探査を支える
インド(ISRO/IDSN)Byalalu の大口径局月・火星ミッション用。単一サイト
ロシア既存資産
民間・商用商用地上局サービス近地球中心だが深宇宙参入の動きがある
各局の口径・帯域・座標・運用状況は変動が大きい。 相互支援や干渉検討で用いる場合は、必ず最新の公開情報で確認すること。

8.2.5 局を比較するときの視点

「どの局が優れているか」という問いはあまり意味がない。 比較すべきは目的に対する適合である。次の6軸で見るとよい。

問い本書
単基性能G/T・EIRPはいくつか。どの帯域で第1・3・4章
網としての性能経度分散は。連続可視は取れるか本章8.2.1
可用性1基落ちたときどうなるか。気象は第3.7・7.2章
柔軟性同時に何機追えるか。切替は速いか第7.1章
拡張性更新・増設できるか。アレイ化の余地は第7.4章
連携標準準拠か。相互支援の枠組みはあるか第6.4・7.5章

この6軸で見ると、DSNは「単基性能と網の両方を持つが老朽化と柔軟性に課題」、 ESTRACKは「均質で柔軟だが単基上限が低い」、 日本は「単基は強いが網が薄い」という位置づけになる。 それぞれ違う弱点を持っているから、相互支援が成立する。

8.2.6 相互支援を受ける/与えるということ

他機関の局を使うには、技術的な適合が前提になる。ここでCCSDS標準が効いてくる。

  • 変調・符号化・フレーム構造が標準に準拠していること
  • 測距符号が相手の局で扱えること(第2.2.4のT4B/T2B、チップレート)
  • SLE等のインタフェースで運用センタと繋がること(第6.4章)
  • 追跡データの形式が相互に読めること(TDM)
  • 適合性試験を事前に実施していること

「標準に準拠している」ことは「繋がる」ことを保証しない(第6.7.7)。 支援を受ける計画があるなら、打上げのはるか前に相手局との適合性試験を計画に入れておく。 これは技術の問題であると同時に、スケジュールとコストの問題である。

■ この章のまとめ
  • 経度120度おきに3か所という配置は、連続可視という要求の最小解である
  • 日本の局は1経度帯に偏る。単独では1日8〜12時間。国際協力は地理的な必然
  • DSNの70mは臼田64mと同世代・同思想(Gで取る)。現在は34m BWG群へ転換中
  • 34m群への転換は性能ではなく柔軟性・可用性・更新可能性で選ばれている
  • ESTRACKは35m一種類で統一。設計・保守・スケジューリングが単純になり、最初からKa帯対応
  • 統一の代償は単基G/Tの上限。だからNASAとESAは相互に補完する
  • 美笹54mはDSAと同世代の思想でDSAより大口径。単基は強いが網としては薄い
  • 局は6軸(単基性能・網・可用性・柔軟性・拡張性・連携)で比較する。優劣ではなく適合を見る
  • 相互支援には事前の適合性試験が要る。標準準拠は繋がることを保証しない
■ 姉妹書

本書は、深宇宙探査の通信・航法を扱う教科書群の一冊である。重複を避けて書き分けているので、 隣の巻と行き来しながら読むことを想定している。

本書の数値は設計初期の目安である。実設計・実手続では対象ミッションの正式諸元と、 CCSDS / ITU-R / JERG / 電波法関係法令の原文書に必ず拠ること。